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RECOMMEND
六月二十日 編⊃声

本日は空き時間に参拝に参りました。

 

| - | 12:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
六月二十四日 JYMA 日本青年遺骨収集団 設団50周年

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

 

本日はJYMAの設団五十周年のお祝いに九段下グランドパレスに参りました。

 

グランドパレスに向かう前に当たり前ですが、編⊃声劼忙欧蠅泙靴拭

 

 

会は自民党議員やら慰霊関係諸団体の方々が多くお祝いに駆けつけ大盛況でした。写真の堀江正夫先生は御歳百二歳、お元気です。

 

| - | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
六月二十一日 青葉慈蔵尊

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

青葉慈蔵尊

 

官幣大社氷川神社

青葉慈蔵尊からすぐ近所の埼玉県護國神社、氷川神社を皆さんと参拝いたしました。

 

| - | 12:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
六月十八日 車椅子ご奉仕

本日は降りそうで降らない参道でご奉仕いたしました。

 

 

みたままつりの準備が始まりました。

| - | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
六月十六日 平成の大演説会 西村眞悟先生

本日は「平成の大演説会」のお手伝いを文京シビックセンターでして参りました。

西村眞悟先生の演題は「急げ再軍備」

| - | 12:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
六月十一日 天皇陛下の御親拝が途絶えた真の原因

今までも何回か繰り返してますが、昭和天皇の御親拝が昭和五十年の十一月二十一日を最後に途絶えたのは所謂「A級戦犯」昭和殉難者合祀が原因ではありません。ちょっと長いのですが、是非最後までお読みください。

本来ならば、この逆、なぜ御親拝が実現できないかを自民党議員が関係各所に質問するべきなのですが、四十二年間見て見ぬ振りが続いています。

 

 

 

野田  哲 社会党参議院議員 岡山県出身福山市役所自治労

秦   豊 社会党参議院議員 愛媛県出身NHKニュースキャスター

矢田部 理 社会党参議院議員 茨城県出身弁護士

 

第076回国会 内閣委員会 第4号
昭和五十年十一月二十日(木曜日)
   午前十時三十八分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 十一月二十日
    辞任         補欠選任
     上田  哲君     矢田部 理君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         加藤 武徳君
    理 事
                林  ゆう君
                片岡 勝治君
    委 員
                岡田  広君
                源田  実君
                中村 太郎君
                八木 一郎君
                山本茂一郎君
                野田  哲君 
                秦   豊君
                藤田  進君
                矢田部 理君
                太田 淳夫君
                峯山 昭範君
                河田 賢治君
                内藤  功君
   国務大臣
       国 務 大 臣
       (総理府総務長
       官)       植木 光教君
       国 務 大 臣
       (行政管理庁長
       官)       松澤 雄藏君
   政府委員
       内閣官房副長官  海部 俊樹君
       内閣審議官    吉野  実君
       内閣法制局長官  吉國 一郎君
       宮内庁次長    富田 朝彦君
       行政管理庁長官
       官房審議官    川島 鉄男君
       行政管理庁行政
       管理局長     小田村四郎君
       行政管理庁行政
       監察局長     鈴木  博君
       防衛庁参事官   伊藤 圭一君
       防衛庁長官官房
       長        玉木 清司君
       厚生大臣官房長  宮嶋  剛君
       運輸省鉄道監督
       局国有鉄道部長  杉浦 喬也君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        首藤 俊彦君
   説明員
       警察庁刑事局外
       勤課長      斉藤  隆君
       外務省アメリカ
       局外務参事官   浅尾新一郎君

 

 

○野田哲君 わかりました。
 それでは宮内庁に伺いたいと思うんです。天皇と内閣の機能との関係についてまず伺いたいと思うんです。
 天皇の行為については、憲法第七条に定める国事行為、それと、憲法第一条に定めてある日本の象徴としての地位に基づく国事行為に準じた形での公的行為、それから、天皇の個人としての私的行為、この三つに区分されるというふうに理解をしていいのかどうか、この点をまず伺いたいと思います。
○政府委員(富田朝彦君) ただいまお尋ねの憲法一条あるいは七条等の行為についての先生の御質問、これはきわめて法律的なことでございますので、本来ならば内閣法制局等からお答えを申し上げるのがしかるべきと存じまするが、私どもも、いまお話がありましたような三つの行為に天皇の御行動というのは分類される、かように承知をいたしております。
○野田哲君 憲法の第七条に定める国事行為については、これは憲法で明らかなように「内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」、こうなっているわけでありますが、象徴としての地位に基づいて行われる国事行為、これに準ずる行為としていま言われたいわゆる公的行為、この公的行為の場合にも当然内閣としての助言といいますか、あるいは補佐、こういう行為が付随をしているものだと、こういうふうに理解をし、当然そのことについては政府として責任を持っていると、こういうふうに理解をしていいのかどうか、これは法制局の方の見解を伺いたいと思います。――では、いまのことについて宮内庁。
○政府委員(富田朝彦君) これも実際の処理に当たっておりまする宮内庁としての実務的な考えを申し上げたいと思いますので、御了承いただきたいと思います。
 ただいまお尋ねのいわゆる公的行為、これにつきましては、宮内庁が総理府のいわば外局として存在をいたしております、法制的に。そういうような関係から第一義的には、宮内庁法にも定めておりますように宮内庁がそういう行為に対しての補佐と申しますか、責任を負うべきものでございます。しかしながら、いま申し上げたような法的な機構の関係がございますので、さらには総理府、さらには最終的には内閣というふうにも考えておる次第でございます。
○野田哲君 そこで続いて伺いたいのは、先般、天皇、皇后両陛下が十五日間のアメリカの訪問を行われました。帰国をされて十月三十一日に記者会見があったわけでありますが、今回のアメリカ訪問という行為、当然これは日米両国政府の合意に基づいて実現をしたものであるし、福田副総理が首席随員として同行されているわけでありますから、このアメリカ訪問という行為は当然国事行為に準じた最も公的行為の中でもウエートの高い行為であったと、こういうふうに理解をしていいわけですね。
○政府委員(富田朝彦君) ただいま仰せのとおり私どもも考えております。
○野田哲君 アメリカから帰られて、十月三十一日に先ほど申し上げましたように天皇、皇后両陛下が公開の記者会見をされています。このことは、私はいままでの天皇、皇后周辺の古い慣行を破った、一歩踏み出した形として、このこと自体は大変結構なことだと思うんです。思うんですが、あの会見の中で非常に重要な問題に触れられているわけであります。天皇が単にフランクにマスコミを通じて国民と対話をされたということだけではちょっと済まされないような内容が含まれているわけであります。
 そこで私が伺いたいのは、あの記者会見の中で天皇の発言、アメリカの原子爆弾の投下の問題についての質問に天皇が答えておられるわけです。当然やむを得なかった、まあ当然とは言っておられない。やむを得なかった、こういうふうに言われているわけであります。これはあの行為そのもの、原爆投下という行為そのものが国際法の上からいっても大変重要な問題がある行為である。そして、現に広島、長崎で何万という非常な多数の非戦闘員も含めて死傷者を出している。現にまだ後遺症で苦しんでいる人がいる。そういう中で、犠牲者に対しての国家補償の問題も長年の国政上の大きな懸案になっているわけであります。国家補償という問題、これはやはり、あの原爆投下を国際的に是認するか否認するかという問題に帰着をしていくことになるわけであります。そういう問題について天皇があのように発言をされている。これはやはり私は、このアメリカの原爆投下という行為に対して、宮内庁なりあるいは内閣として、天皇があのような発言をされる認識を持つような助言なり補佐をしている、そこから出発したものだ、こういうふうに受けとめるわけなんですけれども、この点については宮内庁としてはどういう責任を感じておられますか。
○政府委員(富田朝彦君) 十月三十一日にいわゆる記者会見、国内の記者の方々との記者会見がございまして、ただいまお話が出ました広島の原子爆弾投下についての質問もございまして、報道されておりますようなお答えがあったわけでございますが、陛下はああした形でのいわゆる記者会見というのは初めてと言っていいぐらいでございますし、非常にそういうことにはおなれになっておらない点もございます。したがいまして、陛下のお答えが非常に簡単でございまして意を尽くし得ない点があったかと思うのでございますが、特にその数問前のお答えの中で、陛下は、最も悲しかった思い出としまして第二次世界大戦を挙げておられ、今後このようなことが起こらないようにということを祈っている、こういうふうにもお述べになっておられます。それから、この質問に直接お答えになった部分におきましても、原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾に思っていますとお述べになっていること、また広島市民に対しては気の毒であるとお述べになっていることから、陛下のお気持ちは明らかであろうと私どもは考えております。
 で、原子爆弾の投下がやむを得なかったというお答えについてでございますが、原爆投下というのは戦争の最も悲惨な面をあらわしておるものでございまして、それによって広島、長崎の両市が受けた災禍につきましては、三十年を経た今日なお心を痛めておられるのでございまして、そういう意味から、ああいう不幸な戦争というのは今後あってはならないというようなふうに申しておられ、また、原爆投下そのものについて限って申しまするならば、恐らく陛下のお気持ちとしては、当時自分にはそれをとめることもどうすることもできなくて遺憾であったという意味をお述べになっているように拝察をいたしております。したがいまして、原子爆弾の投下を正当化するというようなお気持ちでは毛頭ない、かように拝察をいたしております。
○野田哲君 くどいようですが、その前のくだりではね、天皇はやはりノーコメントという場面があるんですね。戦争責任のことについて触れられておることについては、そういうことは答えられないと、こういうくだりがあるんです。その次に、原爆投下の問題について、いま説明がありましたけれども、確かに遺憾に思っているという言葉もあるし気の毒であるという言葉もありますが、問題は、国際間で非常に問題になっていることについて、天皇が、あれはやむを得ないことなんだ、こういう発言があったということは、これはやはり天皇の発言が、天皇自身がどう思われようとも政治にかかわってくることになるんです。ですから、私どもが聞きたいのは、政府や宮内庁の方では平素そういう天皇が認識を持たれるような助言や補佐、国際情勢、国内情勢の報告をしているのではないか、政府や宮内庁がきちっとこういう問題についての責任を果たしていないのではないか、こういうふうに思うんです。その点を聞いているんです。いかがですか。
○政府委員(富田朝彦君) ただいま御説明申し上げましたように、陛下のお気持ちは、言葉が簡単でございましたのでいろいろなようにとられ得る表現にもあるいは相なったかとも思いまするが、御真意は、いま私が申し上げましたように、今日までこの災禍を受けた両市の方々についての心の痛みを常に覚えておられる、またその原爆投下ということを正当化する御意思は毛頭ないと、この点は十分に推察できるわけでありまして、もしそういう記者会見のいわば取り運びというようなものにつきましては、これは第一次的には宮内庁の責任でございますので、そういう点で補佐が足りないということであれば十分責任を感じる次第でございます。
○野田哲君 まあこの問題はここで終わりまして次の問題に入りたいと思います。
 天皇の行為と内閣の機能との関係について具体的に伺いますけれども、明日十一月二十一日に天皇は靖国神社に参拝される予定である、こういうふうに伺ったわけであります。漏れ聞いたわけでありますけれども、このことは事実でありますか、どうですか、これをまず明確にしてもらいたいと思います。
○政府委員(富田朝彦君) いまお尋ねの明二十一日に、天皇陛下は靖国神社並びに千鳥ケ淵戦没者墓苑に御参拝になられます。
○野田哲君 いまお答えになった、あした天皇が靖国神社へ参拝される、それから千鳥ケ淵ですか、ここへ参拝される、この計画といいますか、予定といいますか、これはどこで立てられたわけですか。宮内庁ですか、総理府ですか、どこですか、この計画をつくったのは。
○政府委員(富田朝彦君) そういうお参りになられるということの計画をあれいたしましたのは宮内庁でございます。
○野田哲君 宮内庁。宮内庁でこのような計画を立てて、これは総理府なり政府の方へは合議をされたわけですか、いかがですか。
○政府委員(富田朝彦君) この御参拝の件につきましては、昭和四十年、ちょうど戦後二十年に当たりました際に、靖国神社からお参りを願いたい、こういう要請がございまして、それにおこたえになって御参拝になっておられますが、今回も本年の春早く靖国神社から、またこの春には千鳥ケ淵墓苑に関しまして厚生省からお参りを願いたい、こういうあれがございまして、しかしその後いろいろな行事等がございまして日程がなかなか相つぎませんので、まあ日程が、何と申しますか、全日程のうちでわりと差し繰りができるというような時期がこの秋でございましたので、そうした発議を一応検討いたしまして、陛下にも御内意を伺って取り運んだわけでございます。また同時に、この点につきましては、一般的にはこれは宮内庁で処理するようにお任せをいただいておる部面が多いのでございますけれども、一応総理府、内閣にもこの点は御連絡を申し上げてございます。
○野田哲君 十一月二十一日を選んだというのは何か特別の理由があるんですか、それとも単に天皇の日常の御日程の中で都合がよかった、こういうことだけなんですか、この点いかがですか。
○政府委員(富田朝彦君) 全くいまお仰せのとおり陛下の御日程のいろいろな勘案の結果でございまして、別に特段の意味のある日ではございません。
○野田哲君 この明日の靖国、それから千鳥ケ淵、これに参拝されるということですが、この天皇の行為については、随行される方々はどういう方が随行されることになっておりますか、その点を伺いたいと思います。
○政府委員(富田朝彦君) この御参拝は、先ほど先生冒頭にお話しになられましたような行為の類型のうち、私的なお立場で御行動になる、つまり私的行為、そういう性格でございます。しかし、これは陛下がいろいろと私的に御行動になられるという場合でも、これは宮内庁法として側近事務というような責めを負っておりまするし、また陛下お一人でおいでになってというわけにもまいりませんので、したがいまして、侍従長以下関係の職員はこれにお供をしてまいります。
○野田哲君 宮内庁の関係の職員だけですか、それ以外にはないわけですか。
○政府委員(富田朝彦君) それ以外にということでいたしますれば、やはり陛下の御身辺の安全ということも常々考えなければなりませんので、これには皇宮警察のいわゆるボデーガードの責任者が一人ついてまいります。
○野田哲君 私が聞いておるところでは、千鳥ケ淵の墓苑には環境庁の長官が随行すると、こういうふうに聞いておるんですが、これはここに公害担当の藤田委員長見えておりますけれども、そういうふうに聞いておるわけです。そうするとあれですか、政府の方では小沢環境庁長官がその行程を随行するわけですか、それとも千鳥ケ淵だけなんですか。靖国神社の方は政府の関係者はだれもいない、こういうことなんですか。
○政府委員(富田朝彦君) 靖国神社につきましては、政府の関係者は、いま申し上げた側近のあれに当たる宮内庁職員のみでございます。千鳥ケ淵墓苑につきましては、これは所管が環境庁でございます。で、環境庁からどなたがおいでになるか私どもまだ連絡を受けておりませんが、いわゆる千鳥ケ淵墓苑の管理者のお立場として、たとえば地方にお成りになった際にも、養老、福祉施設等にお成りになりますればそこの館長さんが御先導される、まあいわば案内される、そういうようなことがございますので、どなたか環境庁の方が御案内という形でそこにお出になることは十分考えられますが、まだどなたがということは全然私ども連絡をいただいておりません。
○野田哲君 そういたしますと、靖国神社の場合には政府の関係者はいない。そうすると先導されるというか、御案内をされるというのは靖国神社の神官の方がすべてを取り仕切ってやられると、こういうことになるわけですか。
○政府委員(富田朝彦君) 靖国神社の場合は、その管理を同時にやっておられる神官といいますか、神職の方がおやりになるものと考えております。
○野田哲君 警察庁お見えになっていますね。警察庁の方に伺いますが、今回のこの天皇の靖国、千鳥ヶ淵への参拝、当然連絡を受けておられると思うんですが、いつどこからこの連絡を受けられましたか。
○説明員(斉藤隆君) ただいまの御質問でございますが、連絡はすべて宮内庁から受けております。で、今回の問題は、正式な文書としては十九日付の文書をちょうだいいたしております。
○野田哲君 十九日というのはいつの十九日ですか。
○説明員(斉藤隆君) 今月の十九日付の文書でいただいております。なお、その前段としまして、情報としてたしか先週の後半だったと思いますが、電話で御連絡はいただいております。
○野田哲君 この警察庁の方の担当でありますけれども、余り詳細聞くと、何かおたくの方もいろいろ事情があるようですが、それなりの警備体制をとられると思うんですが、この九段かいわいから千鳥ケ淵、半蔵門かいわい、この時間帯に相当大がかりな交通規制をやられますね、これは。
○説明員(斉藤隆君) この警衛に関しまして、陛下の自動車列の通過に際しましての交通規制につきましては、必要最小限度にとどめまして、できるだけ一般の交通に影響を及ぼさないように配慮するように指導いたしております。
○野田哲君 いや、沿道については交通規制をされるわけでしょう、ずっと。
○説明員(斉藤隆君) 必要最小限度の交通規制は行います。
○野田哲君 宮内庁の方で今回の場合計画をされたということですが、あなたは憲法第二十条、国及びその機関はいかなる宗教的活動も行ってはならない、こういう規定があることは承知の上でこの計画を立てられたわけですね、いかがですか、その点。
○政府委員(富田朝彦君) 宮内庁が、陛下のいわば私的行為につきましてもお世話を申し上げなければ、これは陛下個人でどうというわけにまいりませんので、そういう意味で、御参拝の連絡とか、あるいは御内意を伺って日程がどうとかというような事柄については、やはり私どもがやるべきことと存じております。しかしながら、それは陛下が、靖国神社なり千鳥ケ淵墓苑からの御要請といいますか、そういうことに応ぜられる手順につきまして私どもがお手伝いをしたと、こういうことだと思います。
○野田哲君 私的行為か公的行為かということは後でこれはまたやりたいと思うんです。
 そこで、引き続いて宮内庁次長に伺いたいんですが、靖国神社のあり方をめぐっては、長年にわたって靖国神社を国家で護持するというか、国家で管理せよと、こういう運動が国民の間にある。それから、これに対して、そのことは信教の自由という民主主義の原則、憲法の二十条の精神に照らして反対をする運動も国民の間にはあるわけなんです。これが、賛否がだんだん年を経るに従って大きくエスカレートしておるし、国会の中でも与野党間で長年にわたって非常に大きな政治問題になっている。そのことをあなたは御承知ですか、いかがですか。
○政府委員(富田朝彦君) いまお話しのように、いろいろな意見、議論があることは新聞その他を通じまして承知をいたしております。
○野田哲君 あなたは、承知の上で今回のこの計画をつくったということなんですがね、引き続いてこの問題については同僚議員の方の質問が続けられますので、私の最後の締めくくりとして宮内庁の見解を伺いたいと思うんですが、一九六七年――昭和四十二年、このときに一番最初に靖国神社法というのが国会の中へ出てきたわけです。これを公表するときに、立案者を代表して村上勇衆議院議員、これは郵政大臣ですね、いまの。この方がその趣旨を述べてこう言っています。靖国神社の春秋の例大祭は、自衛隊の軍楽隊を総動員をしてにぎやかに軍楽を奏でながら、その中を天皇、総理以下がお参りをする、そういう光景を実現したいんだと、こういうふうに述べているわけなんです。この村上さんの趣旨というのが今日の靖国神社法を推進しようとする方々の代表的な意見であるし、そのねらいとするところは、天皇陛下を公的に靖国神社に参拝をさせる道を開いていきたい、これが基本になっているわけなんです。そういう趣旨の政府・与党の方で、総理大臣も何回かこの問題に触れて発言をしておられるし、与党の方は非常に熱心に進めておられるわけですけれども、これが昭和四十二年に発議がなされてから今日まで十年近くも制定をされていないというのは、やはり憲法上そこに非常に大きな問題があるということが、そうしてまた、国民の憲法二十条を守っていこうという大きな世論があることが、これが実現をしない一番の基礎になっているんです。あなたはそのことを御承知ですか、そういう経過が靖国神社をめぐってはあるということ、是非はともかく経過があるということをあなたは御承知になっておられますか。
○政府委員(富田朝彦君) 法案が国会に提出されましていろいろな推移をたどったというような深い事柄については、私承知をいたしておりませんが、先ほど申し述べましたように、いろんな御意見、御論議があるということは承知をいたしております。
○野田哲君 私は、この件に関してはもう少し総務長官がお見えになってからさらに続けていきたいと思いますので、あと関連して秦委員の方からやっていただきたいと思います。
○秦豊君 質問に入る前にあらかじめ委員長にお願いをしておきたいと思いますが、いま同僚野田委員からの宮内庁側に対する質問の中でも、はなはだ答弁にはっきりした裏づけがないし、あいまいだし、失礼だけれども富田さんだけではお答えになれない面がずいぶんあると思う。したがって、持ち時間は私六十分のはずですけれども、その枠内で、やはり午後――総務長官は午後一時ですか、それから法制局はどうなっていますか。
○委員長(加藤武徳君) 法制局は午前中は呼んでおりません。
○秦豊君 午後はそれでは吉國さんに御出席をいただきたいと思います。これをぜひ要求としてこの際に提示します。
○委員長(加藤武徳君) 連絡します。
○秦豊君 ですから、恐らく富田さんに伺っても――まあ若干警察庁側に伺いたいことありますからね、午前中はしたがって、非常に簡潔にこの点に触れるだけで、すべて午後に延伸したいと思います。
 で、先ほど野田委員から宮内庁側富田次長に対して事実関係の確認がなされたわけですが、ちょっとまだあいまいな点があろうかと思いますので、富田次長にその点だけは伺っておきたいと思いますのは、あなたは宮内庁の発議によって、責任においてあすの天皇、皇后両陛下の靖国神社参拝を取り決めたとおっしゃいましたが、その私の理解に間違いはないですね。
○政府委員(富田朝彦君) この発議という言葉の中身でございますが、天皇陛下の靖国神社御参拝あるいは千鳥ケ淵墓苑御参拝というものの機縁になりましたのは、これは千鳥ケ淵墓苑なりあるいは靖国神社から、今春お参りをいただきたいと。こういうことが私は発議だと思います。で、そういうことのあれを、先ほども申し上げましたようにいろいろな日程その他の都合を整理をいたしたり連絡をいたしたりするような意味での行為を私どもがとったということでございます。
○秦豊君 それは一応あなたのお答えでよしとしましょう。そういう場合、では具体的な問題を伺いますけれども、あなた方の宮内庁側は、靖国神社側から天皇陛下、ぜひ御参拝をいただきたいという要請がありますね。で、民間の企業の場合には一つの稟議形式というのをとると思うんだけれども、まあ官庁でもそうだけれども、おたくは行政機関の一端として、そういう稟議形式、何というのか、テクニカルタームは私はよく知りませんが、そういうものをずっと上げていくわけですね、それで最終的には決裁ということになるんですか。
○政府委員(富田朝彦君) 当然そういう手順を、いろいろ決めていきます場合には関係方面、いろいろなところがございますので、いつおいでになる予定であるということを決めるには、やはり内部で補佐する者が稟議形式と申しますか、これは私的行為でございますが、そういう決裁形式をとり、そしてまた陛下の御内意も伺うと、こういうことだと思います。
○秦豊君 そうでなくても天皇と戦争責任であるとか、あるいは開かれた皇室はどうあるべきかなど、さまざまな論議の焦点にいま皇室は立っている。私は前国会にあえて宇佐美長官の出席を求めて三時間近く新しい皇室論というのを展開したことがあるわけだけれども、その後の歩みは、やはり外面はよいが、内面は悪いとかいう例によって例のごとき皇室のありようでしかないと思っている。しかし私は、さっき野田委員とあなたのやりとりを聞いていて非常に遺憾に思いましたのは、宮内庁の責任において決定をされたあすの靖国参拝ということが、普段は決断の遅い宮内庁にしては実に迅速である。特段の意味はないと言いながら、表敬法案のこと、靖国法案が五たび国会で廃案になった事情についてはあらかた承知をしているというあなたによってそういう決定が推進されたということは、何とも無神経で仕方がないと私は思うんです。しかし、これは宮内庁次長のあなたを幾ら責めてみたって返ってくる答えはおおよそわかっているから、午後植木さんとこの論議は交わしたいと思うけれども、事実関係の確認としてもう一つ伺っておきたい。
 天皇は、かねがねさまざまな問題について相当以上に信任厚い宇佐美さんに相談をされていると私は理解しています。特にこういうシリアスな政治上の問題に火がつきかねないような靖国参拝、しかも国会開会中ということは重々もう御承知だろうと思うんだが、あえてこの時期に稟議書にサインか何か、形式は私知りませんけれども、やはり天皇の内意を伺ってとあなたが言われたのだから、天皇はその最終結論をお出しになる前に、やはり宇佐美さんあたりにかなりじっくりと相談をされた形跡がありますか、それとも、いともあっさりとよろしかろうというふうな決め方であったのですか、念のために伺っておきたい。
○政府委員(富田朝彦君) これは、長官あるいは侍従長、時折陛下にお目にかかっておられますので、その間におのずからそういうような雰囲気というようなものも感じ取られたと私は推察しております。
○秦豊君 それから、せっかくお見えですから警察庁の課長に伺っておきたいのですが、さっきあなたは同僚議員の質問に対して、交通規制はほどほどにと、なるべく一般庶民の市民生活に影響がないようにというふうな配慮で指導をしていると言いましたね。確認のために聞いておきますが、たとえば天皇の公的行為の中にはどなたも御存じの国会開会式への臨席という行為がありますね。そのときにはどんな警備状況ですか。
○説明員(斉藤隆君) 国会への御出席の際の警衛警備の問題につきましても、そのときどきの情勢によりまして、人数、体制等は一様ではございません。
○秦豊君 一般的にです。
○説明員(斉藤隆君) 一般的に、交通規制をして、自動車列をスムーズに通過をいたすように配慮しております。
○秦豊君 あしたは、宮内庁側の説明によると私的行為だそうです。そうすると、警備も課長が言われたように、大変簡素で目立たない、仰々しくないというのは常識的な措置だろうと思うんだけれども、しかし、あなたの答弁でもよくわからないのは、あなた方の判断の中に、天皇というのはもうあなた方にとって最高の人格である、価値である、恐らくね。そうすると、天皇の警備というのはもう最重点課題である。その場合に、あすは私的行為、きょうは公的行為というふうに、器用にあなた方が截然と分けて警備についているとは思えない。少なくとも天皇の警備については、ミニマムにこれぐらいは必要だというのはおありでしょう。その場合に、これを突き詰めていくと私的行為に対する警備と公的行為に対する警備とはぼくは非常に分明でないと思う。一般的にはどうなんですか、もっと詳しく答えてもらいたい。
○説明員(斉藤隆君) 陛下のあすの行幸が、私的、公的のお話がございますが、私どもは両陛下の行幸啓ということで御通知いただいておりますし、そう認識いたしておりますので、行幸啓という前提で警衛警備を行っております。
○秦豊君 その御答弁は非常に正直だと思うんですよ、私。あなたのいまの片言隻句をとってみましても、警備当局からすれば、富田さんがいかに強弁されましても、私的行為と公的行為の警備上の限界はもうないんですよ、ないに等しいんですよ、行幸啓という通知で対応するのだから。それはあたりまえだと思うんです。もちろんもっと純理的に言って、あすの靖国参拝、しかも両陛下そろっていらっしゃるというふうに伺っておるけれども、これは私は後ほど法制局長官とか植木総務長官と、いわゆる公的行為と私的行為論というのは存分に展開をしたいと思いますけれども、警備の点一つをとってみましても、この境界ははなはだあいまいだということを指摘しなければならないし、また富田次長に伺っておきたいんだけれども、自由民主党の中には、靖国法案がだめなら表敬法案というふうに執着を持って、非常に熱心に熱烈に推進をされているグループがいらっして、それはそれで信念的なんだろうというふうに見ているけれども、われわれとはまさに対極にある価値観だと思う。それで、藤尾私案というふうなものが本年の二月にかなり成案を得てまとめられてきて、それが今後自民党が靖国問題を処理する場合の一応のたたき台になろうとしていますが、藤尾私案なんというのは、富田次長は職掌柄御存じでしょうね。
○政府委員(富田朝彦君) 自由民主党の中での御議論あるいはそういうものについては、私どもは承知するすべもございませんし、またそれに対して御意見を申し上げるような立場にもないと思いまするので、御了承を賜りたいと思います。
○秦豊君 まああなたはそういう答えしかできないでしょう。念のためにここで展開をしておきますと、藤尾私案というのは、天皇または国家機関員の公式参拝、総理、各省大臣、最高裁長官等の公式参拝ということが藤尾私案の眼目になっているんですよ。これさえ達成されればあとは要らぬというぐらいここにしぼられている。ところが、すでに今年の八月には何があったか。三木総理大臣が、南平台の一市民三木武夫というふれ込みと、あるいはカムフラージュで靖国に参拝したことは、これはもう公然たる事実でしょう。残されている事実でしょう。そうしますと、今回また、あす天皇が靖国神社に参拝をされる、あなたは特段の意味がないなんてしゃあしゃあとおっしゃっているけれどもとんでもないことであって、いま少なくとも靖国法案の換骨奪胎された藤尾私案が最大の眼目とする、天皇の参拝さえ満たされればもうこれでいいんだ、これでいいんだと言っているようなこの時期に、すでにして歴代宰相のだれもが果たせなかったような市民としての参拝という形で三木さんが靖国に行く、あしたは天皇ですよ。今度は私的行為というふれ込みだ。三木さんと全く同じ発想だ。ところが表敬法案が、天皇の公式参拝を眼目としている法案が、いまや遅しと、われわれが気を緩めれば、われわれの抵抗がおろそかであれば強行突破されかねないようなこの時期にきているこのときに、あなた方によれば、私的行為の名のもとに天皇が靖国に参拝されるということは、どんな答弁、どんな強弁に接しようともわれわれは断じて認めるわけにいかない。つまりあなたに聞きたいのは、私的行為とあなた方がいかに強弁されようとも、天皇御自身が、自然人としての天皇なんてことを吉國長官あたりは言いそうだけれども、靖国に参拝すれば、実質的に表敬法案が先取りされる。これは一つの既成事実になりますよ。三木さんは現職総理です。いかに言おうとも総理、いつまでかは別として。そうすると、三木さんは行った、あすは天皇だ。一つ一つがステップになるんですよ、踏み石になるんですよ、こういう問題については。あなた方はいかに宮内庁的感覚でわれわれに接しようと思っても、それを政治的に利用しようとする勢力は手ぐすね引いて待っているじゃありませんか。だから、あなた方がいかに言われようとも、あすの参拝というのは表敬法の先取りである、大きな政治問題である、自然人裕仁氏の自然行為ではない、私的行為というような強弁は聞けない、こういう立場をわれわれは堅持したいと思う。そのことを私は意見として申し上げておきますけれども、私のこの意見に対して、あなたはまたお答えする立場にはないという答弁を用意しているかもしれないが、あえてあなたの答えを求めておきたい。
○政府委員(富田朝彦君) ただいまの御意見は十分承りましたが、先ほど来申し上げておりますように、陛下は数回にわたって、すでに憲法が制定公布されまして以来、靖国神社あるいは千鳥ケ淵墓苑には御参拝になっておられます。その場合、靖国神社の場合は常に私的行為ということでお参りになっておられまして、今回特に私的行為とかなんとか言うのではございませんので、過去の御参拝はすべて私的行為という形、行為の類型によって御参拝になっておられるわけでございます。その点だけ申し上げさしていただきます。
○秦豊君 それから富田次長ですね、私一つつけ加えたいんですが、あしたは靖国に先に行かれて千鳥ケ淵墓苑に回られると、ワンセットですね。私などはあなた方の立場にかなり冷たいまなざしを注ぐ立場ですからね、あなたは反感をお持ちかもしれないけれども、私などのわきまえからいたしますと、靖国だけに天皇が行かれるということは大変シリアスな問題になる、それこそ油に火がつく、これこそ大変な問題で宮内庁の裁量や対応策を超える、これは大変だからまあ千鳥ケ淵にもお参りをすると、こういう一種の緩衝剤としてこのことをお使いになったと私は思うし、そうでないとすれば、あなた方のわきまえの中では、宮内庁としては千鳥ヶ淵墓苑というものばどういうふうに位置づけていらっしゃるんですか、念のために伺っておきたい。
○政府委員(富田朝彦君) 質問のあるいは御趣旨に沿わないかもしれませんが、いわゆる戦没をされた方々、これにつきましては、陛下はいつも八月十五日の全国戦没者慰霊式典におきまして、そういう方々を追悼するというお気持ちをお述べになっておられるわけでありますが、そうした方々を現実にそれぞれお納めになっておる、そういうところに陛下のそういうお気持ちを、個人的なお立場で、私的なお立場で表現されたいと、こういうものだと私は考えております。
○秦豊君 そうしますと、富田次長のお答えを敷衍さしていただくと、無名戦士の墓的な位置づけがなされているわけですか、千鳥ヶ淵に対して。
○政府委員(富田朝彦君) この千鳥ケ淵墓苑の性格につきましては、かつて国会でも論議があったようでございますが、私がその論議を詳細に記憶をいたしておりませんので、これはやはり厚生省なり環境庁からその性格をお答えいただくのが適当かと存じます。
○秦豊君 あとはもう事実関係の確認だけにいたしますが、すべて午後にゆだねますが、富田さんね、さっき野田委員に対して、十一月二十一日になったということは、皇室の特に天皇の日程上の問題であって特段の意味はないとおっしゃいましたのですが、しかし、それにしては戦後三十年というタイトルをあえて標榜していらっしゃるわけです。しかしそれは日本武道館における八・一五式典というもので十分に事足りているというのが世間の通念ではありませんか。なぜことさらに戦後――皆さんの用語で言えば終戦と言うそうだが、終戦三十周年というタイトルを冠せられてなおかつ宮内庁は取り上げ決定をなすったか。いかにもこじつけ然として不自然じゃありませんか。何で十一月二十一日が終戦三十周年と言わねばならないのか、いかにも私は世間的なこじつけという印象が強くて仕方がないんですがね、その辺を伺っておきましょう。
○政府委員(富田朝彦君) この十一月二十一日という日取りは、いま先生もちょっと触れられましたように、全くこれは御日程をずっと整理をいたしまして、いわゆる外交団にお会いになるとかいうようないろんな日程がございますが、そういうことを整理した結果一番この辺が陛下の御日程としては余裕を持ち得るると、こういうことでそういう参拝されるという内定になったわけでございます。
○秦豊君 それでは、午前中の議事が何時まで予定されているか伺っておりませんけれども、冒頭委員長にお願いしましたように、これ以上やってもこんにゃく問答になりますから、法制局長官と、それから植木総務長官の出席を待って、午後に恐らく同僚議員からも追及があろうと思いますから、私の質問は以後靖国問題については留保したいと思います。これで一応終わります。
○矢田部理君 関連して。
 事実関係の確かめのために二、三の点を伺っておきたいと思いますが、その一つは、宮内庁として靖国神社の性格をどのように理解をしているか、また靖国神社の目的はどうなっているのか理解した上での行為かどうか、その点を第一に伺いたいと思います。
○政府委員(富田朝彦君) 靖国神社の性格は宗教法人と心得ております。
○矢田部理君 神社は宗教でないというごく一部の説があるようですが、そういう前提ではなしに、神道を中心とする宗教団体であるという理解の上に立っておられるわけですね。そのとおりでしょう。
○政府委員(富田朝彦君) 宗教法人であるという理解の上に立っております。
○矢田部理君 二番目の質問で、目的がどうなっておるかお伺いいたします。
○政府委員(富田朝彦君) これはちょっと、宗教法人靖国神社のいわゆる定款式のものをただいま手元に持っておりませんので、靖国神社がどういうふうにみずからを規定しておられるか、ちょっとここではお答えいたしかねます。
○矢田部理君 靖国神社の目的にきわめて重要な中身があるわけですよ。そういうことを理解した上で、知った上での決意なのかどうか、行動なのかどうかということをお聞きしておるわけです。それは知っておるんですか、知らないんですか。
○政府委員(富田朝彦君) いま委員の仰せられた点がちょっと私には不分明でございますのでここでお答えいたしかねますけれども、これはすでに、先ほど申し上げましたように憲法発布後六回にわたって御参拝になっておられるわけでございまして、宗教法人なるがゆえに私的な御行動ということでお参りをしておられるわけでございます。
○矢田部理君 過去の経緯を聞いているんじゃなくて、靖国神社規則というのがあって、そこに明確に目的が出ているわけです。読んで聞かせてもいいと思いますが、そういう目的をあなたは読んだことがありますか。また、それを前提として決められたのかどうかということです。
○政府委員(富田朝彦君) 靖国神社が、いわゆる内部の規定でどういうふうに決めておられるか私存じませんけれども、お参りをされるということは、そうした戦没された方々というものにいつも心を痛めておられる陛下のその純粋なお気持ちからお参りになっておられるわけでございます。
○矢田部理君 かいつまんで申し上げますけれども、靖国神社規則の三条には、神社の目的として、「国事に殉ぜられた人々を奉斎し、神道の祭祀を行ない、その神徳をひろめ、」と書いてあるんですよ。こういう、目的としてきちっと決まったことを知りもしないで事を決めるということは私は大変問題だと思いますが、これは午後の問題に譲ります。
 それからもう一点、この費用はどこから出るのかということを宮内庁、それから警察庁に対しては、先ほど十九日付で文書を受け取ったとありますが、その文書の正確な内容はどうなっているのか。
○政府委員(富田朝彦君) これに要する経費は、いわゆるお手元金になっておる内廷費から支出をされるわけでございます。
○説明員(斉藤隆君) 十一月十九日付で「行幸啓について」という通知文書をいただいております。その内容は、天皇、皇后両陛下は、来る十一月二十一日、靖国神社及び千鳥ケ淵戦没者墓苑に行幸啓になりますという通知文書でございます。
○矢田部理君 いまの文書でわかりましたけれども、私的行為だとは書いてないんですね、それには。
○秦豊君 委員長に計らっていただきたいのですが、課長のいま朗読された文書、それから富田次長にお願いしたいのは、靖国神社側の要請を受けてずっとこう一種の稟議段階を経た文書がありますね、これの写しをやはり午後の審議に間に合うように出していただけませんか、ちょっと委員長にお願いいたします。
○委員長(加藤武徳君) 速記をとめてください。
  〔速記中止〕
○委員長(加藤武徳君) 速記を起こしてください。
○野田哲君 いまの問題、引き続いて午後にやることにして、昼の時間に迫っておりますので、簡単な問題でやりたいと思います。
 外務省の方へ伺いますが、これは全然別の問題なんです。沖繩が一番集中しているわけですけれども、沖繩以外でも散在をしているのですが、いわゆる国際児童といわれておる、アメリカ人を父親に持ち、日本の女性を母親に持って、国籍がアメリカ国籍あるいはフィリピン国籍、こういう児童が多数沖繩に在住しているわけでありますが、私も資料をもらっているんですが、外務省はその実態、把握をしておられますか。
○説明員(浅尾新一郎君) 私の方で承知しておりますのは主として沖繩関係でございますが、全体で三千人のそういうような児童がいるというふうに承知しております。
○野田哲君 全体で三千人ということですが、アメリカあるいはフィリピンが多いんですが、内訳はわかりますか。
○説明員(浅尾新一郎君) その中の二〇%、六百人のうち、四百人がアメリカ国籍、それから二百人がいわゆるフィリピン国籍というふうに承知しております。
○野田哲君 いま外務省の方から説明があった沖繩在住の国際児童、この国籍の問題なんですけれども、これらの人たちが引き続いてアメリカの市民権を存続をさしていこうと、今後ずっとアメリカの市民権を持ち続けていこうとする場合には、その資格要件として、アメリカの法律によると十四歳から二十八歳までの間に二カ年間はアメリカ国内に在住をしなければならない、こういう法律があるというふうに聞いておるわけでありますけれども、これは外務省の方で具体的にそういうアメリカの国籍の問題についての法律、承知しておられますか。
○説明員(浅尾新一郎君) 米国の移住国籍法、ございまして、その中でいま先生の言われましたように、米国人と外国人との間に生まれた子供でアメリカの市民権を持っている人は、十四歳から二十八歳の間アメリカに引き続いて居住することが要件になっております、二年間。
○野田哲君 フィリピンはどうなっていますか、そういうやはり同様の取り扱いがされるわけですか。
○説明員(浅尾新一郎君) フィリピンにはそういうような国籍法はないというふうに私たちは承知しております。
○野田哲君 そういたしますと、いま言われた六百人のこのアメリカの国籍を持ったいわゆる国際児童、これは実情を調べますと、実際問題としてはアメリカに帰国した父親との音信不通とか、あるいは沖繩からベトナム戦争に出撃をして死亡したとか、こういう形で、二年間アメリカに移住をしてアメリカ国内で生活をするということは、とうてい経済的にも社会的にもでき得ないという状態の者が大多数だ、こういうふうに言われておるわけです。そのまま沖繩に居住をしていった場合には、戦後三十年たって、沖繩が占領された期間、ちょうど三十年になっておるわけですから、もう二十八歳に到達をする年齢の人もいるのじゃないかと思うのです。これから漸次年を経るごとにこの人たちは、アメリカに移住できないという事情の場合には国籍を失っていくということになるのじゃないかと思うんです。そうなるわけですね、どうなんですか。
○説明員(浅尾新一郎君) ただいま御質問の六百人のうち四百名がアメリカ国籍でございますから、四百人が該当すると思います。その四百人の人たちが、仮にアメリカの国籍法で決められているように、十四歳から二十八歳までの間アメリカへ行けない、かつ二年間住めないということであれば、現在のアメリカの国籍法のもとでは国籍を失うということになります。
○野田哲君 そういたしますと、端的に聞きますけれども、これはやはり日本の国内に居住をして、そうして一定の時期が来れば国籍を失うということは、これな日本の政府にとっても大変な問題だろうと思うのです。この国籍を失った場合の扱いというのは、これは法務省の方の所管だろうと思うのだけれども、そういう実情にあることを外務省も知っておられるわけで、当然これは本土にも類例のケースがあると思うのですけれども、沖繩の場合で言えば、長期間アメリカが沖繩を占領しておった、その結果こういう状態が起こっているわけです。これはそのことを是認をしてきた日本の政府としても、やはりこの国籍の取り扱いの問題については非常に重要な責任があると思うのです。該当者は、やはり何といっても戦争なり、占領によって起こってきた犠牲者なんです。いま言われたように、このまま時日が経過をすると、非常に多数の無国籍者が日本の国内にそのまま居住をせざるを得ない、こういう事態が生まれるわけなんですから、その事態を未然に回避をしていくためにも、当然これは日米間の外交交渉によって、アメリカに移り住んで居住できる条件にある者については旅費等の措置をとるなり、あるいは帰化を希望する場合には帰化を認めていく措置をとるなり、日米間の外交交渉によって解決をしなければならない分野が非常に多いと思うのですけれども、こういう点について、外務省としては外交交渉によって解決をしていくという意思をお持ちなのかどうか、この点を伺っておきたいと思うのです。
○説明員(浅尾新一郎君) この問題は、基本的には、こういう孤児の人たちがどういう状況にあるのが一番幸福であるかどうかという問題であろうと思います。そこで御本人の選択で、たとえば日本の国籍を取得したいということであれば、そういう方策がとれるのかどうかということを検討しなくちゃならないと思います。それから、第二のアメリカの移住の場合でございますが、アメリカに移住する場合、必ずしも国籍を持っていなくても、アメリカに入国ということは可能かと思いますけれども、その前提といたしまして、まず第一に、現在連絡のとれない父親を捜したいということであれば

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六月十一日 車椅子ご奉仕

本日の靖國神社は遺族会の参拝が多く車椅子は貸し出し専門でした。ご奉仕も長野県佐久市遺族会のご婦人を参集殿へご案内しただけでした。その後、いつもの場所でたっているときに、年配の紳士に話しかけられました。広島から参られたその紳士は昭和二年生まれの九十歳。小生は年齢を聞いたときに思わず「嘘でしょう」と聞き返してしまうほどの若々しさ。今でも広島で現役の産婦人科医をなさっているそうです。お医者様だからかも知れませんが、年配の方のご奉仕で車椅子を準備していることを大変お褒めいただきました。来年も必ずお会いする約束をさせていただきお見送りいたしました。その後車椅子を返しに来た方にお参りのお礼を述べたところ、会話が通じません。見た目は日本人なのですが日本語が通じませんでした。すると車椅子に乗っていたご老人が「息子は日本語があまり分かりません」と、本日はブラジルから参られたそうです。ご本人は二世で息子さんは三世だそうです。ご本人の日本語もちょっと独特の発音でしたが「ようやく靖國神社にお参りできた、本当に日本に来て良かった」的なことを仰ってました。皆さん靖國神社にお参りできたこと喜んでお帰りになられます。

 

あまり紹介することの無い招魂斎庭。

| - | 19:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
六月四日 車椅子ご奉仕・埼玉県護國神社

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本日は梅雨前の六月らしい晴天の下、清掃仲間の佐藤さんと久しぶりにお会いしました。久しぶりだったので、全国巡拝の話など積もる話をしていたらあっという間に時間が過ぎていました。

ご奉仕は福井県からいらした仲良し四人組のおひとりにご奉仕させていただきました。バスツアーで参られた方々なので時間が短かったのですが、佐藤さんがご奉仕デビューで車椅子を押しました。言われてデビューだったのかと思いましたが、いつもいらっしゃっていたのでデビューだと思っていませんでした。佐藤さんも母親の年代のご婦人にご奉仕して何度も感謝の言葉をいただき喜んで帰られました。皆さんも是非、車椅子のご奉仕に参加ください。

 

 

 

 

お友達の皆さんがお手洗いに行かれている待ち時間に、ボーイスカウトのバザーにもご案内。

この後、埼玉県護國神社へ参りました。

護國神社にお参りする前に氷川神社にお参りに参りました。氷川神社には参拝の行列ができていました。埼玉県護國神社では、山田様が丁度いらしたのでちょっと話をして参りました。みたまに真摯にお使えする山田様とお話しするのは非常に楽しく、お忙しいのを邪魔してるのは分かっているのですが、また長居してしまいました。できるだけ早いうちに埼玉県の皆様と埼玉県護國神社清掃奉仕、正式参拝をしてその後、勉強会をしたいと思っています。

 

昭和四十七年十月二十三日先帝陛下行幸啓の御写真。

平成五年五月十四日今上陛下行幸啓の御写真。ちょっと反射で分かり辛いですが、県道に車を停め下車あそばされ、県道で宮司様の御出迎えを受けられています。

氷川神社とほんの百メートルか二百メールしか離れていないのに・・・大宮公園は休日を楽しむ家族連れなど多くの方がいらっしゃいます。

社殿の作りは護國神社には無い形だと思います。

 

| - | 19:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
六月二日 靖國神社・APA本当の日本の歴史「理論近現代史学掘増補版」出版記念

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

今年もあっという間に半年が経過しようとしています。社頭で「天皇陛下靖國神社御親拝祈願」を唱え、忠霊にお誓い申し上げ本日は下がりました。南門横の喫煙所で、質問を受けました。同じ心の方で熱心に聴いてくださいました。平成が三十年で区切られることに是非は問いませんが、今上陛下の御親拝が無き場合、五十年、百年先の日本人はどう思うでしょうか?マスコミや自虐史間陣営は、今上陛下が大東亜戦争を否定したと喧伝するでしょう。そしてその理由が「昭和殉難者」所謂「戦犯」とそれを合祀した靖國神社にあると声高らかに「日本人は侵略戦争を行った残虐な民族」と。間違いだらけですが、例えば歴史上靖國神社が御祭神を選定したことはありません。国から送られてきた「祭神銘票」で霊璽簿をしたため合祀申し上げる。今までにも何度も先帝陛下昭和天皇が御親拝をなさらなくなった理由を書いていますので割愛しますが、すでに四十二年間間違った理由が「真実」とされている。これが五十年、百年経過したら、「百人斬り」や「南京大虐殺」や「侵略戦争」「真珠湾奇襲攻撃」等、贖罪意識が大気圧のように日本人にのしかかってくる。という話を本当に熱心に聴いてくださいました。再会を約束して別れました。

 

元谷代表は札幌で書籍を引き上げたのでは無いということ、あれは全館一括借り上げのため備品の取り扱いとして契約していたこと、東京オリンピックでも自分の書籍は変わらず部屋に置くことを明言されていました。変な政治家などよりよっぽど信念の人です。

竹田恒泰氏は話が上手で聴衆を引き込みます。パーティー中はずっと名刺交換の行列がなくならなかったのですが、終盤にちょっと隙間ができたので「天皇陛下靖國神社御親拝」についてご意見を伺いに参りました。さすが竹田氏は全て理解されています。短い時間でしたが貴重な話も聞けました。

| - | 21:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
五月二十八日 車椅子ご奉仕・田母神俊雄閣下講演会

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本日は昼過ぎまで車椅子のご奉仕させていただき、田母神高志会主催田母神閣下講演会に出席して参りました。車椅子のご奉仕は、偶然ですが二組大阪からの参拝者様でした。青銅の大鳥居が大阪から明治二十年に運ばれてきたことと、さざれ石に非常に喜んでいただきました。菊花十六紋でご家族の記念写真を撮り、神雷桜のご案内では、大分県護國神社、西田高光命の実家へお参りした経験が若干プラスされたような気がして、少しだけ上手になったような気がします。二組目の大阪からのお父さんを正式参拝にご案内し、お迎えに行き、遊就館で零戦の前で写真を撮ろうと向かっていると「沼山さん!」と可愛らしい女性から声をかけられました。「松江の工藤です」五月八日にお参りさせていただいた島根県松江護國神社の女性神職工藤禰宜さんでした。私服だったので一瞬分かりませんでしたけど工藤禰宜さんでした。工藤禰宜さんが出版された「留魂」陸軍航空五十六期の戦友会会長さんとご一緒だったみたいで一瞬ご挨拶できただけですけど、あの一瞬の偶然にみたまの皆様のお導きを感じました。みたまの皆様ありがとうございました。とても素晴らしいご褒美をいただきました。

是非是非皆様に「留魂」領価千円購入をお勧めします。読んでませんけど間違いなくお勧めです。

通販、送料などは直接お問い合わせください。行ける方は直接お参りして購入してください。

松江護國神社〒690-0887 松江市殿町1-15TEL:0852-21-2454

 

 

戸山流居合道の皆様。

 

銀杏は完全に夏仕様になりました。

グランドヒル市ヶ谷の隣に鎮座する市谷亀ヶ岡八幡宮。全国巡拝を終えてから長い階段を見るととりあえず昇らずにはいられなくなりました。

 

 

 

田母神俊雄さんの前に西村眞悟さんがご挨拶されました。

講演は、逮捕、拘置所生活から、安全保障に限らず、今日本が抱えている問題を笑いを交えて、ブランクを感じさせない話術で満員の聴衆に話されました。

 

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