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九月二十日 埼玉県日高市高麗神社御奉迎

本日は埼玉県日高市の高麗神社(こまじんじゃ、高麗神社の起源はホームページをご覧ください)へ御奉迎に参りました。御到着は昼頃なのですが、色々と規制が入ることが予想できたので朝七時頃には高麗神社に参りました。

今回の行幸啓は「私的」旅行と言うことらしいのですが、高麗神社御親拝は畏れ多いことですが、天皇陛下が朝鮮半島情勢を憂慮あそばされているのではないかと推察してしまいました。また、神社に行幸啓、御親拝あそばされることは日本人にとって特に重要なことです。

御奉迎、御奉迎送の際に天皇陛下万歳の先導は地元の小松良匡さんが務めました。少人数ですが声高らかに心から天皇陛下万歳を唱えさせていただきました。

御奉迎を終え、御戻りになられるまで三時間ほどあるので、一旦第二駐車場に戻り休憩していましたところ、とても仲の良さそうな老夫婦が近づいてきて、小松良匡さんに「大きな声でありがとうございます。嬉しかった」と声をかけてくださいました。ご主人は手を合わせて行かれました。皇室の弥栄を衷心より祈念申し上げます。皆様ありがとうございました。

参道右側が駐車場になっているのですが、本日は使えないのでちょっと離れた第二駐車場に車を停めました。ちなみに、第二駐車場と神社の間には高麗川が流れ、渡る橋は出世橋といいます。

第二鳥居。

高麗神社の狛犬。

拝殿。

高麗家住宅が拝殿裏側にあり天皇陛下、皇后陛下も見学あそばされました。

いたるところに彼岸花が咲いていました。

第一駐車場。奥が神社で警備の方々が打ち合わせをしてました。この駐車場だけで二千人前後の方々が御奉迎いたしました。近くの沿道も含めると相当な人数が集まったと思います。

高麗神社がお饅頭、日高市役所が二千本の日の丸小旗を用意したらしいのですがあっという間になくなりました。小生も日の丸小旗を二百本用意してましたがあっという間になくなりました。

 

 

| - | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
九月十八日 車椅子ご奉仕

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

台風18号による被害を被った皆様に衷心よりお見舞い申し上げます。

 

本日は昨夜の豪雨が嘘のように透き通った青空と真夏のような陽射しが帰ってきました。セミも鳴きだしました。

ご奉仕させていただいたのは、群馬県から参られたご婦人で、お父上が御祭神、前日の昭和二十年九月十七日がご命日だそうです。戦病死だったようです。ご婦人はお元気そうだったのですが、声をかけたら奉仕を受けてくださいました。車椅子に坐られると「お父さんのお導き」と泣かれました。ご案内も丁寧に聞いてくださり、神雷桜ではやはり涙してくださいました。ありがとうございます。

 

軍馬軍犬軍鳩合同慰霊祭もあり、放鳩式を写真に撮ろうと思っていたのですが、午後だと思っていたのですが、午前中で、見逃してしまいました。

 

桜は台風でも無事でしたが、小枝が散乱してました。ちなみに、外苑の銀杏はいつの間にか銀杏(ぎんなん)を蓄えていて、昨夜の豪雨で落ちてしまい、水に濡れたぎんなんの果肉がなんとも言えない香りを漂わせていました。

 

ちょっと早い七五三参りでしょうか、晴れ着姿の子供に外国人が集まり撮影会を始めました。見えてませんけど男の子もいます。

| - | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
九月十日 車椅子ご奉仕

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本日も爽やかな青空の下、福島県から参られたご遺族にご奉仕させていただきました。

清掃仲間の佐藤さんと世間話で各県の護國神社のあれこれを情報交換していて、佐藤さんにご紹介いただいた福島縣護國神社の冨田宮司の話をしていたら、丁度、福島県の遺族会の皆様が参拝に参られました。神門前での記念撮影、参集殿までの移動だけでご案内は殆ど聞いていただけませんでしたが、ちょっと偶然が楽しかったです。福島縣護國神社へお参りして冨田宮司に早くお会いしたくなりました。

 

 

毎年恒例の古武道の奉納がありました。午後には火縄銃の奉納です。火縄銃の迫力には驚かされます。小さな子供は泣き出す子もいるぐらいです。火縄銃の迫力は自衛隊富士火力演習に匹敵すると思います。

 

 

| - | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
九月七日 編⊃声

本日はちょっと用事があって神社へ参りました。

平日の小雨の中参拝者は少ないですが、真剣にお参りする方が多く感じます。

 

| - | 11:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
九月三日 車椅子ご奉仕

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本日は静岡県の遺族会の参拝があり、ご奉仕は参集殿までの往復ばかりでした。毎年お参りされる方、何十年ぶりの方、初めての方もいらっしゃいました。皆様に少しでも参拝のお手伝いできたこと感謝申し上げます。

静岡縣護國神社の話で少し盛り上がりました。静岡縣護國神社の手水盤は日本最大であることを地元の方もご存知ではありませんでした。

素晴らしい青空でした。

 

神池も水の入れ替え補修が終わり透き通ってます。

間もなく落ち葉を散らし始める銀杏。

| - | 13:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
八月二十七日 車椅子ご奉仕

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本日は朝早い時間は涼しく、セミの声も弱々しく聞こえ秋の気配を感じました。

武道館で毎年恒例の24時間テレビが行われているのと、夏休み最後の日曜日で家族連れが多かったのでいつもの鳥居で一礼する子供たちに「立派な作法でしたよ、みたまの皆様もさぞお喜びのことと思います。ようこそお参りくださいました」と記念写真のお手伝いに力を入れました。

 

昼近くに福井県からお孫さんの結婚式に上京なされたご家族のお母上に奉仕させていただきました。明るく楽しいご家族で、遊就館までのご案内でしたが、大変喜んでいただき、遊就館の零戦前で写真まで撮っていただき名刺交換までさせていただきました。

 

編⊃声劼芭匹ち曚そ从遒蠅函感謝の誠を捧げるお手伝いができることが何よりです。

 

境内では鈴木信行さん達が清掃奉仕なさってました。いつもご苦労様です。

 

早い時間は曇っていて涼しかったです。

 

太陽が出てくるとやっぱりまだ夏でした。セミも気合入れて鳴いてました。

銀杏も太陽が出ると笑ってるように見えます。

 

| - | 20:23 | comments(1) | trackbacks(0) |
八月二十五日 青梅大東神社十四烈士墓前祭

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護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本日は大好きな青梅大東神社で十四烈士墓前祭に参列して参りました。

 

十四烈士

 

 

 

| - | 16:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
八月二十日 車椅子ご奉仕

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

例年は、忠霊祭終了後の最初の日曜日は、参道の清掃をさせていただくのですが、本年は降り続く雨で十月の清掃奉仕まで我慢します。ご奉仕は、群馬県から参られたご家族のご婦人に楽しく奉仕させていただきました。

まだ夏休み。家族連れが目立ちます。

 

ミケ先輩とは久しぶりに会いました。ちょっとふっくらしたような気がします。

神池(しんち)は水抜きされ清掃、補修がされるようです。

遊就館には恒例の写生会の絵が展示されています。是非ご覧ください。

| - | 15:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
八月十六日 内閣府要望書手交

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本日は内閣府に要望書を手交して参りました。

要望書朗読は、憂国楠志会・弊會理事小倉義靖、隣は憂国楠志会会長、弊會埼玉県本部長小松良匡、その隣が、壬生青年塾会長松澤正明。

平成二十九年要望書

 

一、天皇陛下編⊃声匕羶毒劼鮴全蠅垢

一、編⊃声劼旅餡噺郢および国家祭祀を早期に    実現せよ

一、編⊃声劼鮟ゞ桔/佑ら除外し天皇陛下へお返しせよ

一、占領憲法を破棄し、帝国憲法復元改正せよ

一、国家に殉じた日本人を編⊃声劼麻り未来永劫お護りすることを憲法に明記せよ

一、八月十五日を「編△瞭」と制定せよ

一、所謂「戦犯」と汚名を着せられた忠霊の名誉を回復せよ

一、首相をはじめ全閣僚は編⊃声匳媾例大祭に参拝せよ

一、捏造された歴史を徹底的に検証是正せよ

一、北朝鮮に拉致された日本人被害者を我が国の手で即刻救出せよ

一、教育勅語を復活させ、教育の根源とせよ

一、公的機関および報道機関における元号の使用を徹底させ西暦の使用を撤廃せよ

 

   我々は前項目すべてが速やかに実現されることを期し

   ここに民意を代表して政府に強く要望する

 

  皇紀二千六百七十七年 平成二十九年八月十五日

        第五十七回編忠霊祭 編∃魏餔一同

 

  内閣総理大臣安倍晋三殿

口頭で特に強く伝えたのは、「天皇陛下編⊃声匕羶毒辧彈存修悗寮全蠅函嶼巴徃鏗下垉濬弌廚任后

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т蠢換餮醴⊃声匳簀劼如皆様から頂戴した署名約二千筆は、内閣府に提出するよりも、より有効だと信じられる内閣総理大臣補佐官柴山昌彦衆議院議員事務所に託しました。

 

平成終焉まで後一年と四ヶ月です。希望を持って「天皇陛下編⊃声匕羶毒辧彈存修懍何覆垢觸蠡犬任垢里如皆様の署名へのご協力まだまだよろしくお願いいたします。

 

 

| - | 14:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
八月十五日 編△瞭 第五十七回編忠霊祭

天皇陛下編⊃声匕羶毒匍Т

護國神社へお参りしましょう。

護國神社の御祭神はとっても身近な守り神様です。

いつでもお近くの護國神社、お出かけ先の護國神社へ感謝のお参りしましょう。ひとりひとりのお参りを護國神社のみたまは待っています。お参りを重ねることで自分と日本が変わっていきます。

 

本年は年頭から異例なことばかりです。平成を来年で区切ってしまうことや、自然災害、四十年ぶりという八月の長雨。

異例ずくめの平成二十九年ですが、田母神俊雄新総代の下、三百名を超える同志同友諸先輩方と共に二百四十六万六千余柱の忠霊にまごころ込めて感謝申し上げました。

 

土砂降りの中何とか集合写真を撮らせていただきました。皆様大変申し訳ございませんでした。

昼過ぎには雨が降り始めました。

朝早くから参道は参拝者で溢れました。

 

到着殿前の、報道関係者と政治家を見る人々。残念ながら閣僚は一人もお参りしませんでした。報道では、北朝鮮関連で、支那中共と韓国の理解と協力を得るためと報道されましたが、それこそ本末転倒です。

正午の黙祷、天皇陛下の御言葉を拝聴する境内の参拝者。陛下の御言葉の後、「天皇陛下万歳」が編△療里剖舛渡りました。

参列者の皆様に総代就任の抱負を語る田母神俊雄総代。

忠霊祭では、祭文を田母神俊雄総代、編∃鮹蚓醋針名奏上を桂田雅さんが奏上しました。祭文は下記の通りです。

 

第五十七回編忠霊祭祭文

 

第五十七回編忠霊祭齋行に当たり、編⊃声劼某青辰泙蠅泙甲蚓遒慮譱阿剖爐鵑悩彿犬鯀嫋綯廚靴泙后

先の大東亜戦争終結以来、七十二年を経過いたしました。私どもは悲願とする編⊃声匚餡噺郢を目指して昭和三十六年八月十五日、第一回編忠霊祭齋行以来、ここに第五十七回の編忠霊祭奉仕の

 を迎えました。

政府は昨年八月八日の天皇陛下の御言葉を受けて、また本年一月十日平成は三十年で区切ると報道され、その後、政府はその方向で「特例法」を成立させました。その成立への根拠は国民の感情「情緒」であります。私ども忠霊祭参列者一同、敢えてその特例法の是非は問いませんが、平成三十一年に御創立百五十年を迎える編⊃声劼謀傾鎚轍爾慮羶毒劼鮨じていた私どもには衝撃でした。

昭和天皇の最後の御親拝は、昭和五十年十一月二十一日。それ以降、御親拝が途絶えたのは昭和五十三年の、昭和殉難者の合祀が原因であると、またそれを裏付ける資料として「富田メモ」が挙げられます。しかし、真実は最後の御親拝前日、十一月二十日第七十六回内閣委員会において天皇陛下の御親拝を「憲法違反」とする社会党勢力に関係省庁が屈服したからです。その内閣委員会で宮内庁から出席し、吊るし上げられたのが、当時次長であった富田メモの富田朝彦

 氏であります。このことが宮内庁をはじめ関係省庁のトラウマとなり、富田氏の宮内庁長官在任中は当然ながら、昭和六十三年長官退任から現在まで慣習として引き継がれてしまっています。このまま行けば次の御世でも踏襲されてしまいます。

天皇陛下の御親拝が途絶えた原因が、昭和殉難者合祀にあると、間違った報道が定説となれば、東京裁判史観が国民の常識となり、南京、慰安婦等の捏造された歴史が定着してしまいます。これは良識を持った日本人として断じて阻止せねば「天皇陛下万歳」と散華された忠霊に申し訳が立ちません。

権力者ではない天皇陛下は現憲法と象徴としての立場に強く縛られています。

そして何よりも、国内外への慰霊の旅を行動で示された今上陛下が、編⊃声匕羶毒劼鮑任睨召泙譴討い泙后そして二百四十六万六千余柱の忠霊は、大元帥であられる天皇陛下御親拝を待ち望まれています。

この現状を打破するには、特例法を成立させた情緒、国民感情に訴え、国民世論を、御世変わり前の御親拝実現のための啓蒙が重要です。

 現在過去未来の日本人の為に、残り一年、編∃魏餔一同不退転の決意を以って邁進することを、ここに改めてお誓い申し上げ、天皇陛下編⊃声匕羶毒匱存修里燭瓩法何卒絶大無比の御神威、御加護を垂れ賜らんことを御祈願申し上げて祭文と致します。

 

皇紀二千六百七十七年 平成二十九年八月十五日  編忠霊祭総代 田母神俊雄

 

 

 

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