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七月三十一日 明治神宮 明治大帝百年祭
 本来は、三十日に参拝しなければなりませんが、一日遅れの参拝となりました。

 明治神宮へは湯澤貞総代のお供として三潴修学院島本昌彦さんと二人で参りました。

 明治神宮へ参ると、車を降りたとたん湯澤貞総代を見つけた明治神宮職員の方が駆け付け、挨拶を受けました。社務所へ向かう短い間にも、離れたところから神職、職員の方が先生にお辞儀をするものですから小生も足を止めご挨拶を返しながら歩いたので写真など撮れませんでした。

 社務所へ入ると、神職が何人も湯澤貞総代の下に駆け寄り、湯澤貞総代が、明治大帝百年祭の参拝であることを告げると丁寧にご案内くださいました。

 記帳を済ませる間にも神職の方々が現れ、解ってはいましたが、本当に湯澤貞総代の偉大さと人気にただただ驚きと感動を覚えました。

 小生は恥ずかしながら明治神宮正式参拝は初めてでした。社務所から本殿へと案内され本殿で湯澤貞総代の斜め後ろに立たせて頂いたときに、拝殿前の喧騒を背中で感じながら隔絶された神域の厳かさ正面の静寂に緊張しました。

 参拝が終わり社務所へ戻るとまた神職の方々がお待ちになっていて、応接室へ案内されました。権宮司がご挨拶にお見えになるということで待たせて頂いたのでこの時初めて写真を撮ることが出来ました。

一枚目が、三潴修学院の島本さんで、二枚目が小生です。



 権宮司をお待ちしている間にも代わる代わる神職がご挨拶に参られ、社務所を出るときも昨日の
明治大帝百年祭の後始末等でお忙しい中多くの方に見送られました。なので、写真を撮る機会を失いました。

 湯澤貞総代のお供で明治神宮参拝という光栄に浴し本当に良い経験を積ませて頂きました。
 
 明治神宮神職職員の皆様にも感謝申し上げます。

 ありがとうございました。


| - | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
七月二十九日 車椅子奉仕 関東協議会五百回記念参拝
 本日は車椅子奉仕隊隊長山田裕弘と昼からの関東協議会五百回記念参拝に参列するために靖國神社へ参った三澤浩一さんと参道に立たせて頂きました。

 参道は昨日と同じ灼熱で、背広姿で参道の石畳をデッキブラシでこすっていると何人もの方にお声をかけて頂きました。その内の一人の方は地元の方らしく、みたままつりでどうしても出来てしまう参道のシミが気になっていたそうです。群馬県から参られたちょっとアルコールの入った初老の方は、初めて靖國神社へ参られたそうで、色々聞かれました。特に、小生の行動が奉仕であることに驚き、何度も何度も「お金貰ってるんでしょ?」と同じことを聞かれました。皆様最後には必ず「ご苦労様」「ありがとう」と仰ってくださいます。ただ、ひとつ背広がビショビショになってしまい一日でクリーニングに出さなければならないのは辛いです。

 十時半には、関東協議会の皆様の昇殿参拝のご案内のために持ち場を離れ会館へ移動し、早めに駆け付けた方々への案内をさせて頂きました。



拝殿横には朝顔市が立っています。



 関東協議会の皆様。昇殿参拝後に靖國會館前で撮らせて頂きました。

 




| - | 19:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
七月二十八日 車椅子奉仕
 夏の日のご挨拶は「暑いですね」で始まりますが、小生は以前も書きましたが、故高橋正二(陸士四十八期帝国陸軍少佐)先生に「サマワでご苦労頂いている自衛隊の皆さんはもっと暑いですよ」と「暑いですね」とご挨拶させて頂いたときにお叱りを受けました。ちょうど佐藤正久さんがヒゲの隊長と呼ばれ自衛隊がイラクで活躍していたときでした。 その後高橋正二先生没後、佐藤正久さんとお会いしたときに、高橋正二先生の言葉をお伝えしたら、大先輩のお言葉に感激なさっていました。

 と言う訳で、小生は夏のご挨拶に「暑いですね」と言わないように心がけているつもりですが、本日の靖國神社の参道は本当に「暑かった」です。

 南方のジャングルの暑さ、シベリアの極寒で苦しまれたみたまには大変申し訳ございませんが、凡人の小生には心頭滅却することが出来ませんでした。

 明日も午前中の早い時間は奉仕させて頂きます。





| - | 19:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
七月二十一日 靖國神社
 本日は、早朝は雨が降っていたのでちょっと遅く十時頃に靖國神社へ参りました。到着時は雨は降っていなかったのですが、衛士の方々や神職の方々と挨拶して立ち話をしている間にまた雨が降ってきたので車椅子の奉仕は諦めました。

 みたままつりの後片付けは進んでおり、まさに「祭りの後」の感です。

 みたままつりが終わればあっという間に「靖國の日」八月十五日を迎えます。

 本年は第五十二回の忠霊祭となります。昇殿は午後一時からですので、参列者の皆様は、十二時半までに受付を済ませていただくようお願い申し上げます。

 また、正午には、黙祷、天皇陛下の御言葉がございますので、その間には直立不動で雑音を出さぬようご協力お願い申し上げます。



| - | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
七月十五日 みたままつり第二夜祭
 本日は連休の中日ということもあるのか、晴天のおかげか、靖國神社の参道は崇敬神高い人々で溢れました。

 写真を撮る暇が無く、みたままつりの雰囲気はお伝えできませんがご了承ください。

 明日が最終日ですので、皆様には是非足を運んでいただきたく存じます。小生は多分神門付近におりますので声でもかけて頂ければと思います。 


 
| - | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
七月十四日 みたままつり第一夜祭
 本日も九段の杜は若者で溢れました。神輿やねぶたが参道を練り歩きみたまへの感謝を奉じました。まだまだ残り二日ありますので、是非皆様靖國神社へ参り忠霊に感謝の真を奉じてください。


 弊會の献灯は神門向かって左側手水舎付近です。



 神門前の人だかり。



 


| - | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
七月十三日 みたままつり 前夜祭
 本日からみたままつりに入りました。

 拝殿はみたまに息災を報告する遺族の方々などで溢れておりました。

 数万人の参拝者を安全にみたままつりを楽しむために一生懸命努力してくださった靖國神社神職の皆様、衛士、職員、警備担当ALSOKの皆様等本当にご苦労様でした。十六日まで宜しくお願いいたします。



七夕かざり。


能楽堂では奉納芸能が奉仕されていました。


神門から中通りに向かって。


中通側から。


 みたままつりを楽しむ参拝者の若者を見ていたら消灯になってしまいました。
明日は輝いている堤燈の写真を掲載します。


 九時半過ぎに消灯されます。参拝に参った若者達は靖國神社の佇まいを暗くなっても楽しんでいました。



| - | 22:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
七月一日 車椅子奉仕
 本日は、参拝させて頂き、毎月一日に替わる社頭掲示の「遺書」を拝見させて頂きました。今月の遺書の内容は、靖國神社ホームページでご覧ください。

 掲示されていた「遺書」の陸軍兵長安田博命は茨城県結城市出身で命日が本日でした。領布されている「遺書」を二枚頂き奉仕の準備を始めました。

 九時ちょっと前には、観光バスが続々と駐車場に入り、全国各地からの遺族会の皆様が参られました。いつものようにお声かけをさせて頂いたのですが、ご遺族の皆様はなかなか車椅子には乗ってくださりません。一通り遺族会の皆様が通り過ぎた後に、みたままつりの準備で組まれている足場にもたれているご婦人がいらしたので車椅子を持って行き腰掛けていただきました。

 そのご婦人は、茨城県鉾田市からいらした昭和十三年生まれのご婦人でした。普段は、自動車をご自分で運転して出かける活発なご婦人らしいのですが、ついこの間自転車で転んでしまい調子が悪いとのことでした。何度も何度も申し訳ない御免なさいねと繰り返されました。そのご婦人によると、昭和十八年に出征されビルマで戦死された御尊父が祀られているので毎年参っているとのことでした。五歳で父親が出征しているので想い出らしい想い出は何もないとのことでした。

 月並祭参列のために参集殿へお送りして、雨が降ってきたので一旦片付けをしました。片付けを終えたところで、手洗いに行ったらバスガイドさんが数人飲み物を自動販売機で買っていてその内の一人の方が7777を出して大盛り上がりをしてました。北関東弁でキャッキャしていたので、鉾田からいらしたガイドさん達だと思い、社頭掲示のお話をさせて頂きました。ガイドさん達も非常に喜んでくださり、帰りの車内で話さしてくださると仰ってました。

 遺族会の皆様がお下がりになるのを参集殿で待たせて頂き、先程のご婦人を見つけバスへお送りする途中「遺書」の話をさせて頂きました。そのご婦人は、茨城県出身では無かったのですが、良い話だからと「遺書」の複写を数十枚持って皆さんにお配りすると仰っていただきました。

 神門のところで拝殿に向かい「お父様に来年もまた参られる約束をしてください」と促すと、小さな声で「お父さんありがとう」と仰られました。きっと、お母様も幼い子供を抱え苦労なさったのではないかと推察しますが、戦死したご主人のことを「誇り」と教育なさったのだと思いました。

 本当に遺族会の皆様は高齢になり、杖をついての参拝者が目立ちます。数も減っています。普段お元気でも、バスや車で数時間かけて靖國神社へ参られると足が上手く動かなくなっている方もいます。本来の弊會の五大綱領には直接結びつきませんが「感謝」を紡ぐのも日本人として大切なことだと信じています。

 五歳の時に分かれた父に七十年経った今でも「お父さんありがとう」と言える娘を育てたあの時代の日本を護るために礎となられた忠霊を顕彰し一刻も早く靖國神社国家護持・国家祭祀を実現し高齢になられたご遺族の方々にご安心いただける様にしなければと感じた一日でした。



 みたままつりの準備も着々と進んでいます。


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